眠れる森の美女 – Sleeping Beauty

チャイコフスキー三大バレエの一つ「眠れる森の美女」について、紹介します。

1.「眠れる森の美女」について

原作はシャルル・ペローによる昔話『眠れる森の美女』(1697年出版)です。

19世紀前半にパリ・オペラ座で2回上演されました。一度目はバレエシーンを含むオペラで上演され、二度目は人気バレリーナのリーズ・ノブレやマリー・タリオーニが出演しましたが1840年の上演を最後にオペラ座のレパートリーから外されました。

1888年、マリンスキー劇場の支配人であったイワン・フセヴォロシスキーはチャイコフスキーに手紙を書き、ペローの昔話「眠れる森の美女」に基づくバレエ音楽の作曲を依頼しました。
フセヴォロシスキーは、フランス文化を愛好していました。そして、「眠れる森の美女」は、当時フランスで上演されていた大衆向けの演劇で最も人気の演目でした。また、当時のロシアでは皇帝による専制政治が強化されていました。そのような中でフセヴォロジスキーは、ペローが生きたルイ14世時代のフランスと当代のロシアを重ね合わせ、皇帝を賛美する豪華絢爛なバレエを上演しようとしました。
チャイコフスキーは台本を大変気に入り、1889年に全曲が完成しました。振付は、マリインスキー劇場のバレエマスターである、マリウス・プティパが担当することになりました。プティパが振付を進めていく過程で、楽曲には随時修正が加えられました。
1890年、マリインスキー劇場において、バレエ「眠れる森の美女」が初演されました。主要キャストは、オーロラ姫がカルロッタ・ブリアンツァ、デジレ王子がパーヴェル・ゲルト、リラ精がマリヤ・プティパ(振付家プティパの娘)、カラボスと青い鳥の二役がエンリコ・チェケッティでした。
原形に忠実に上演すれば4時間にもなる大作でした。舞台美術や衣装をはじめとする制作費には膨大な予算がつぎ込まれ、もっとも費用がかかったバレエとして評判になりました。初演で大成功とはいきませんでしたが、その後の様々な改訂版により発展を遂げ、次第に注目されるようになりました。改訂演出であってもプティパによる原振付を尊重している場合が多く、今日に至るまで原形と極端に違った演出をされることはほとんどありません。

2. 登場人物

・オーロラ姫/Princess Aurora…フロレスタン国王夫妻の間に生まれた王女。

・デジレ王子/Prince Desire…オーロラ姫と結婚する王子。ロイヤル・バレエ団ではフロリムント王子という。

・フロレスタン王/King Florestan…オーロラの父

・王妃/The Queen…オーロラの母

・邪悪の精カラボス/Carabosse…悪の妖精

・リラの精/The Lilac Fairy…善の妖精。

・カンタルビュット…式典長

・ガリフロン…デジレ王子の家庭教師

・6人の妖精たち…優美の精、無邪気の精、食べ物の精、呑気の精、激しさの精
(リラの精を除く)

・花婿候補の4人の王子達

・村の若者達、子供達、召使い達、貴婦人達

・宝石の精…金の精、銀の精、ダイヤモンドの精、サファイアの精

・青い鳥とフロリナ姫

・赤頭巾と狼

・シンデレラ姫とフォーチュン王子

・親指小僧とその兄弟達と人食い鬼
(人食い鬼の挿話は省略されている場合が多い)

・長靴をはいた猫と白猫

3. あらすじ

〔プロローグ〕
17世紀のフランスを思わせる王宮。フロレスタン国王夫妻の間にオーロラ姫が誕生し、盛大な洗礼の式典が行われている。6人の妖精達が招かれており、姫に「優しさ」「勇気」「のんき」などの様々な美質を授ける。最後にリラの精が贈り物をしようとしたとき、邪悪な妖精カラボスが現れる。カラボスは自分が洗礼に招待されなかったことに怒り狂い、「オーロラ姫は、20歳(改訂版では16歳)の誕生日に、紡錘(糸を紡ぐ針)に刺されて死ぬだろう」と呪いをかける。しかし幸運にも、リラの精だけはまだ姫に何も授けていなかったため、「カラボスの呪いを完全に取り払うことはできないが弱めることはできる。姫は死ぬのではなく、100年の眠りについたあと、いつか王子様がやってきて、彼の口づけによって目覚めるでしょう。」と予言する。

〔第一幕〕
オーロラ姫はすくすくと成長し、20歳(16歳)の誕生日を迎えた。その誕生日に編み物をしている娘たちを見て国王は激怒する。オーロラ姫を守るために編み物や縫い物は禁止していたためだ。しかしめでたい祝いの日なので国王は怒りを鎮めて祝宴を始める。美しく成長した姫の元には4人の求婚者たちが訪れ、その直後、姫は見知らぬ老婆から花束を受け取り、その中に仕込まれていた紡錘で指を刺して倒れてしまう。老婆に変装していたカラボスは正体を現すと、勝ち誇ったように去っていく。そこへリラの精がやってきて、オーロラ姫は予言通りに眠りについたのだと告げる。リラの精は、魔法でその場にいる全員を眠らせるとともに、辺りに植物を茂らせて城全体を包み込む。

〔第二幕〕
それから100年が経った頃。デジレ王子の一行が森へ狩りにやってくるが、王子は狩りを楽しめず、物思いに沈んでいる。そこに突然リラの精が現れて、オーロラ姫の幻を王子に見せると、王子は姫の美しさの虜となる。王子はリラの精に導かれて城へ辿り着き、口づけによって姫を目覚めさせる。そして、城にいた全員が目を覚ます。王子は姫への愛を告白し、結婚を申し込む。

〔第三幕〕
オーロラ姫とデジレ王子の結婚式が盛大に催されている。式には、宝石の精や、様々な童話の主人公たちが招かれており、長靴をはいた猫と白い猫、赤ずきんと狼、フロリナ王女と青い鳥、シンデレラとフォーチュン王子との踊りなど、それぞれ個性的な踊りを披露する。人々が祝福する中、オーロラ姫とデジレ王子がパ・ド・ドゥを踊り、物語は幕を閉じる。

4. 特徴

・演出による違い
改訂演出はプティパによる原振付を尊重したものが多く全体の構成が大きく変更されることは殆どありません。しかし、演出によっては以下の場面を削除することもあります。

1)第一幕、禁じられた糸紡ぎを隠れてしていた人々が処罰される場面
2)第二幕、狩の場面
3)第三幕、童話の主人公たちの踊りの一部

他に演出による違いが表れやすいのは、善の精のリラの精と、悪の精カラボスです。
リラの精は、薄紫色のチュチュを着た女性ダンサーがトゥシューズで踊るのが一般的ですが、踊らずにマイムのみで演じられる場合も稀にあります。
カラボスはさらに演出の幅が広く、初演版のように男性が演じる場合もあれば、チュチュとトウシューズで女性が踊る場合や、女性がマイムで演じる場合もあります。
これらの演じ方の組み合わせによって、善と悪の対比が様々な形で表現されます。

・物語設定を大きく変更し、現代的に再解釈した演出もあります。

1996年、オーロラ姫を薬物依存症という設定にしたマッツ・エック版。
2001年、ペローの原作に登場する人喰い鬼の挿話を加え、性や暴力といったテーマを描き出したジャン=クリストフ・マイヨー版。

・振付家プティパは古典バレエの確立者とされてますが、彼の作品の特徴は物語の筋書きよりも純粋な舞踊を見せることに重点が置かれてます。そして、作品全体が明確な形式構造に基づいています。「眠れる森の美女」は、プティパがこの古典バレエの様式を完成させた作品であり、作品全体にコール・ド・バレエ童話の登場人物などによる多様な踊り(ディヴェルティスマン)、主役2人にによるグラン・パ・ド・ドゥといった秩序立って配置され、古典主義的な調和が作り出されています。

・主役のオーロラ姫を演じるバレリーナには、安定したテクニックと、王女らしい華やかさが求められます。
第1幕でオーロラ姫が求婚者たちと踊る「ローズ・アダージョ」は、女性が片足で立ってバランスを保持したまま4人の男性に次々と手を預けていくなど、高度な技が連続する大きな見せ場です。

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